知識蓄積ノート

日々得られる知識、洞察をひたすら蓄積するブログ

場違いな場所に立たされている痴呆者

 

2年前、私は転職した。
 
その当時の私の仕事は、チームをまとめる役のリーダーと試作機の評価担当を兼ねるようなことをしていた。私自身、協調性もリーダーシップも欠けていた人間だったのでリーダーという役割にやりづらさを感じていたし、試作機の評価自体も精神をすり減らすような仕事だった。
 
 
昔から私は組織の中になじめない人間だった。
学生時代も何とか仮面をかぶってやり過ごしていたのだけど、高校時代は本当に周りに人が居なかった。私の高校は中学からの進学者と外部からの受験者が半々程度いるようなところだった。私は中学受験をしていたので、内部からの進学者だった。
 
中学時代はそれなりに友達はいたつもりだった。
だけど、今思えば、私はひたすらクラスメートの道化役を演じることによって「友達」という肩書をもらっていたようなものだった。
 
高校に進学した途端、どうやって友達をつくればいいのかも知らなかった私は、本当に意味で孤立していた。周りはどんどん仲間の輪が出来上がってくる。私は「いつか中学生時代のように友だちはできるよ」と必死になって自分に言い聞かせていたのだけど、その「いつか」は結局訪れることは無かった。前にも後ろにむ進めずに半年もたつ頃には、私はクラスで独りぼっちだった。
 
私以外にも孤立していた生徒はいたので、そこで何とか自尊心は保っていた。だけど、それは偽りの自尊心でしかなかった。学生生活でも一番の地獄は「サマーキャンプ」「ウィンターキャンプ」という行事だった。それはクラスで班を作って、夏は登山、冬はスキーに出かけるというものだったのだけど、その班分けでは私は最後まで残った。それは当たり前の話で、私は独りぼっちだったのだから。いつも私は残り物として人数が足りない班に入ることになった。白い眼を気にしながら団体で登山やスキーに出かける。私にとって地獄以外の何物でもなかった。その行事の前は、その行事が訪れることを心の底から恐れ、そしてその行事の最中は時間が過ぎ去ることを心の底から願っていた。
 
 
そのような人格を天から与えられた私にとって「リーダー」という職は、場違いな場所に立たされている痴呆者と同じだった。そのような状態が続くわけがなかったし、その先には破滅しかないと思った。