今週の木曜日(21日)、金曜日(22日)と会社でちょっとした出来事が起きた。
現在開発中の機種において量産用の図面を出図することになっていた。だけど、その検図を設計室内で回している中で一つの問題が発覚したのだ。
ある設計者が作成した図面を私がチェックするなかで、一部不整合がある個所が見つかった。それは目を瞑ろうと思えば瞑れるような問題だった。それでも私はその問題の懸念点について即座に正直に管理職に報告した。
すぐにその問題を対処するための打ち合わせを各部門の担当者と行わることになったのだけど、すぐに解決するような問題でもなかった。結局その問題にかかわる部品の量産用図面出図は延期することになった。その「延期」ということは製品開発においては非常に大きなことで、設計室の部長各位に説明資料を送り、かつ所長、品質保証部門にも管理職から説明してもらうことによって「延期」を了承してもらえることになった。
「果たして私のとった行動は正しかったのだろうか?」
そのことがずっと頭から離れなかった。
その問題に目を瞑っていれば特に延期することもなく量産用図面出図に進むこともできた。そして実際にその問題が品質問題として顕在化するリスクもそれほど高くなかったようにも思う。ただ私がその問題を指摘してしまったことで多くの部門を巻き込み、もともとの日程を遅らせることになって、しかもその対処のために非常に面倒な作業が来週から私を待ち構えていた。
おそらく私の行動は建前上は間違ってはいなかった。
確かにリスクがあるものを出図するということは次のステップでの品質問題発生につながってしまう。
ただ、私が問題を指摘することによって多くの部署を巻き込むことになり、かつ実際の製品日程から遅らせることにもなった。そしてその問題が品質問題として顕在化する確率自体も実際はそれほど高くは無かったということ。この二つを考えたときに実際的には私の行動は正しかったのだろうか、と金曜日に帰宅後もずっと考え続けていた。
そのようなこともあって、昨日(23日、土曜日)は一日中精神的にひどく下がっていた。
午前中はテレビでMLBのポストシーズンの試合をだらだらと見続けていた。自分の鍛錬のために習慣化していたタスクは一切実行しなかった。実行するような精神状態ではなかった。
ただ、午後になって、
「このままではいけない」
と強く思った。
仕事でのストレスによって簡単に自分を見失ってしまうことを繰り返していたら、自分が望むような場所には永遠にたどり着けない。
その会社での仕事を人生の目標として設定するのならそこで考え続けることもありなのだろう。だけど、私はもはや「会社」に自分の人生目標を置いていなかった。私の目標は「企業、国、そして家族から束縛されずに自由に生きられる状態を作ること」にあった。それならば会社での出来事は完全に割り切って、プライベートの時間を最大限その目標達成のために使うべきだった。
きっと、そのストレスから自分を立て直すためには「運動、睡眠、食事」という生活において基本的なことが重要になるはず。つまりまずは体にいいことを行うことによって、それによって精神的にもプラスに働くような状態を作りあげること。
そして次に、私が行った行動の中で反省すべき点、そして次に生かすべき点があればそれを明確にして、そして気にしてもどうにもならないことは気にしない。それを実際に紙に手書きで書き出すことによって明確化すること。
この二つをやってみようと思った。