母の還暦祝いの食事会は、鳥取駅からほど近い料理屋で開かれた。
私たち一家がその料理屋に入り、そしてしばらく待っていると叔父夫婦もやってきて席についた。一つの机を囲むように8人の大人が座る。どのような席だったかはあまり覚えていないけど、ちょっとした個室のような座席だった気がする。
「母さんの還暦祝いの食事会を始めたいと思います」
姉が音頭を取るように始めにしゃべりだす。
「それでは、〇〇、挨拶をお願いします」
姉が私の名前を口に出す。私は、
(いきなり、私の挨拶からなんだ・・・)
と少し戸惑いながらも口を開いた。
「60歳の還暦、おめでとうございます」
私は、少し視線を落とすようにして言葉を続ける。
「初めに言いたいのは、健康を大切にしてほしいということです」
「健康は誰もが当たり前に持っているものでもあるので、その大切さに人は中々気づけない。そしてそれを失って初めて、その大切さに気付く。だけど、その時には大抵の場合は手遅れになっている」
私の頭の中では、祖母の光景が浮かんでいた。
私の祖母は、私が大学生の頃に風呂場で脳梗塞で倒れた。
そのせいで脳がやられていまい、それ以来ずっと施設で寝たきりで過ごしていた。周りとコミュニケーションを取ることが全くできず、その施設にお見舞いに行った時も、虚ろな視線をずっと天井に向けているだけだった。自分や周りのことが分かっているのか、それすらも外目から見ていると全く分からなかった。
その姿を見るたびに、
「祖母にとってのこれからの人生は、どんな意味があるんだろう」
と強い疑問に感じた。
私の両親や姉妹はその状態の祖母に対して、
「おばあちゃん、元気にしている?」
などと話しかけていたのだけど、私は祖母に話しかけることに対して強い抵抗を覚えた。どうしてもうまく言葉をかけることが出来なかった。祖母自身の身になってみたときに、どんな言葉をかけても絵空事の言葉でしかないような気がしてならなかった。
何のために生きているのか分からずに、生かされ続けている。
そのような対象として祖母を見ていたのかもしれない。
「だから、健康な時から、健康を大切にして欲しいと思います」