知識蓄積ノート

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日経新聞(5/1)~働きがい改革

 

22年5月1日の記事。

 

 

「働きがい改革」道半ば 「仕事に熱意」6割弱どまり 海外と差埋まらず(チャートは語る)

2022/05/01  日本経済新聞

 

日本企業の労働環境が改善する一方で、働き手の仕事への充実感や達成感といった「働きがい」が高まらない。

1人当たりの労働時間は2020年に16年比で100時間減るなど働きやすくなったものの、仕事に熱意を持ち会社に貢献したいと考える社員の割合は6割弱と世界最下位にとどまる。政府が働き方改革を打ち出して5年あまり。生産性改善や技術革新に向けて社員の働きがいをいかに高めるかが次の課題となる。

 

www.nikkei.com

 

社員の働きがい向上をめざし、施策を展開する企業が増えているとのこと。

 

 

日本企業の組織運営の改革遅れ

  • 「上意下達の組織風土や年功序列によるポスト滞留など、旧来型の日本型経営が社員の働きがい低迷に影響している」
  • 「個人の創意工夫の範囲が狭まっていたり、現場に 権限委譲が進んでいなかったりするのも要因」

 

 

この意見は「やりがい」を議論する際にステレオタイプのように言われる意見の代表例。いわゆる「自己裁量問題」。

 

「与えられた仕事をどのように進めるか」

その自己裁量が働く人に与えられていないから、その仕事にやりがいを見いだすことが出来ないとする意見。

 

 

だけど、私はその意見に少し違和感を覚える。

 

 

 

働きがいについての私見

 

私個人としては、その仕事にやりがいや意義を見いだすためには、仕事を「どうやって進めるか」ということよりも、仕事として「何をするか」の方が重要のように思える。

 

だって、与えられた仕事に対して「どうやって進めるか」の自己裁量を与えられたとしても、その仕事自体に意義を見いだせなかったとしたらどう進めたところでそこにやりがいなんて見いだせるのかな。

 

 

 

自分自身が意義を感じられない大量の業務を上から押し付けられて、「進め方は自分で考えてください」と仕事を完全に転嫁されたところで、現場は疲弊して何とか形だけでもつじつまを合わせるので精いっぱい。

 

そのような職場や働き方の延長線上に「やりがい」を見いだせと言われたとしても、そんなものは幻でしかないよ。

 



 

 

「仕事として何をするか」を自分で選択できるということ

 

結局、日本と海外の大きな差は「労働環境の硬直化」にあるのだろうけど、その硬直化とは「現場への権限移譲が進んでいない」ということではなくて、「 簡単に仕事を変えられない」という硬直化にあるのだと思う。

 

 

会社を変える、仕事を変えるということに対するハードルが高くなければ、「仕事として何をするのか」ということに対してもっと選択肢が作り出せるはず。今の仕事が自分のやりたい事、得意な事と乖離があるのなら、別に躊躇せずに今の会社を辞めて新しいことを始めればいい。

 

それが簡単にできないところが仕事の「働きがい」を低下させているように感じる。

 

 

 

 

 

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