最終出社日(2018年8月10日(金))
最終出社日の勤務時間も終わり、私は居室を出ようとした。すると、その部署の後輩で、仕事でも色々と関わりのあったA氏が椅子から立ち上がって、私に声をかけてきた。
「すみません。〇さんの送別会には行けないですが・・・」
「え? 全然いいよ」
そんな言葉を簡単に交わした。この最終出社日の夜に私の送別会が企画されていたのだ。正直そのような場所は本当に嫌だったのだけど、その送別会の主賓が私だということなので欠席するわけにはいかなかった。このような会社での飲み会には本当に新人の頃から嫌な思いでしかなかった。それでも新人の頃は幹事をやる必要があって自分の心と体に鞭打つようにして何とかこなしていたけど、ある時から、
「何で我慢してまでこんな場所に行かないとだめなの? 嫌なら行かなければいいだけでしょ」
と割り切るようになった。それ以来、忘年会も、誰かの送別会もすべて欠席をしてきていたのだ。そんな私のために誰かが送別会を開いてくれるとも思っていなかったので、部署の若手から送別会の話が来たときは少し驚いた。いや、それ以上に
「本気で、辞退しようかな・・・」
という思いがあった。どうせ会社を辞めるのだからもう体裁や面子にこだわる必要なんて全く無かったのだから。でも、結局断り切れなくて私はその送別会に出ることになっていた。どうせ今回が最後なのだから、この一回だけは我慢しよう。そう自分に言い聞かせた。
送別会
その送別会では、いつものようにじっと我慢してやり過ごした。別に誰かと歓談するわけでもない。必死になって作り笑いを浮かべながら、隣の人の会話に相槌を打ったりしていた。そう言えば、この会社に入るときの内定式後の同期打ち上げでも同じような感じだったな・・・。なんてことを少し思ったりしていた。その送別会の途中、主賓として私の挨拶もあったのだけど、正直酔っていたので何を話したのかもあまり記憶は無い。その送別会で唯一印象に残っていることと言えば、上司のN氏に言われた次の一言だった。
「〇さんは、会社を辞めて独立して投資家にでもなるのかと思った」
その言葉はひどく意外だった。そのように周りには見えていたのか。確かに、私は周りともうまく打ち解けることもできずいつも孤独でやり過ごしていた。会社という組織の中でうまく生きられないタイプの人間なのだと、上司の眼から見ても感じていた部分はあったのかもしれない。
送別会も終わり、私は店を出た。二次会に行くつもりも無かった。店の前で
「ありがとうございました。これで、失礼します」
と簡単に挨拶をして、私はその集団から離れた。その店の場所は事業所の最寄り駅にある居酒屋だった。いつもは会社には自転車で通勤していたのだけど、その日は酒を飲むということもあってバスで出社していた。帰りもバスにしようかと思ったのだけど、せっかくなので歩いて帰ることにした。距離としては3kmくらいで、歩いて約40分の道のりだった。居酒屋から歩くとなるとちょうど事業所の前を通ることになる。時間としては午後9時頃だったと思う。その事業所の前を歩いて通りかかるときに、偶然、事業所から出てくる同期のT氏とばったり会った。T氏は金曜日のこの時間まで残業をしていたということになる。
「今日が最後だよね」
「そう、今日が最後」
T氏が右手を差し出してきたの、私はその手を握って握手をした。そしてそのまま別れた。
これが本当に私と、新人で入社して以来14年間働き続けた会社との最後だった。