知識蓄積ノート

日々得られる知識、洞察をひたすら蓄積するブログ

01 02 思い出

会社という枠組みの先に、私のゴールは存在しない。

内定式後の親睦会は、確か渋谷で行われたように憶えている。 ただ、その会場にどのように向かったのかははっきりとは記憶にない。見知らぬ人に囲まれて内定式を行い、そして見知らぬ人たちに囲まれていきなり居酒屋で親睦会をする。そのような時間に私の精神…

私は、強迫観念に追い立てられるように、「私も参加します」と答えていた。

内定式の集合場所は、某事業所の近くにある会館だった。 駅前からその場所に向かって歩き始める。途中で私の前に、リクルートスーツを着た同年代の人をちらほら見かけた。そしてその会館の入り口から同じように中に吸い込まれていく。「この人たちが、私の同…

できるならその場に存在する時間を1秒でもいいから短くしたかった。

確か「内定式」は午後からのスタートだった。 その当時の私はまだ実家暮らしだったので、実家のある最寄りの駅から電車を一本乗り換えてその会場に向かう。会場となったのは某事業所のすぐ近くにある会館だった。電車での乗車時間は50分ほどで、家から駅まで…

その「内定式」というものが、私が恐れ続けていた「社会への入り口」のように感じられた。

大学推薦で応募したメーカーの採用連絡を受け、結局大阪まで企業訪問してそれなりの手ごたえを感じていた某メーカーへはそもそも応募すらすることは無かった。 その採用連絡を受けたのが確か大学院生2年の5月頃だったので、その前年の冬から開始していた私…

その会社に就職するとして、私は情熱を持って働いている自分をイメージできるだろうか?

確か、就職担当の教授から私の携帯電話にかかってきたのは、その某メーカーの企業訪問のすぐあとだったように思う。正直もう20年近く前の話なので正確な時系列は覚えていない。ただ、ちょうどキャンパスから出て駅に向かって歩いている道の途中で私の携帯…

「応募していただければ、ぜひ、〇〇事業部で採用したい」という言葉

学部推薦で申し込んだメーカーの就職面接が終わった後、別のメーカの企業訪問をした。 学部推薦で申し込んだとしても、定員の関係で内定がもらえるとは限らなかった。落ちることも十分に想定できたので、並行して別のメーカーにも色々と応募をかけていたのた…

自分の中に何も答えるべき材料を持ち合わせていなかった。

ちょうど私が就職活動をしていた頃にNHKで「プロジェクトX」というドキュメンタリー番組を放送していた。 この番組は、過去の何らかのプロジェクトが多くの障壁を乗り越えながらも何とか成功にたどり着く過程を、再現ドラマや関係者のインタビューをベースに…

私は、私という人間に全く自信がなかった。

確か、大学院生1年の終わりの3月頃から就職活動を始めていた。 正直はっきりとした記憶は無いのだけど、確か冬だったような気がする。 特に何か特別やりたいことも無かった私は、頭に浮かんだ企業をホームページで調べて、ホームページのエントリーフォー…

私自身、自分が何をしているのかも分からなくなっていた。

大学院時代も、はっきり言って苦しみ続けた2年間だった。 「周りが大学院に進むから、私も進むか」という理由だけで院に進学し、また、あまり変化の少ない研究室に進もうという理由だけで同じ学科の研究室を選んだ。そこには何のビジョンも、ポリシーも、情…

当時の私にとって「社会」というものは恐ろしいものだった。

大学についてもあまりいい思い出は無かった。 機械系の学部に進み、大学3年にもなると就職する人たちは就職活動を進めていた。ただ、機械系の学生の多くは院に進むことを決め、院試の勉強に明け暮れていた。私も、「就職をできるだけ後に遅らせたい」、また…

場違いな場所に立たされている痴呆者

2年前、私は転職した。 その当時の私の仕事は、チームをまとめる役のリーダーと試作機の評価担当を兼ねるようなことをしていた。私自身、協調性もリーダーシップも欠けていた人間だったのでリーダーという役割にやりづらさを感じていたし、試作機の評価自体…